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「二次創作作品利用の権利」をライセンス化したらどうなのか

ファンコミュニティで作られる二次創作作品のほとんどは、二次利用の権利をもっていない。権利的にはほぼアウトといっても良い。だが現実にはそういったものが多数存在しているし、その評価はさておいてファンのコミュニティは明らかに「ある程度までは」公共性が認められている。公共性とは要するに、「そういうものがあってもいい」という視線は一応、それなりには存在するということだ(認められないという立場があることも重々わかる上で)。

で、ここで問題なのは「二次創作作品はどういう形で利用許可が出せるのか」という話。というのも、たとえばキャラクターを使った創作であった場合、二次創作者はキャラクターの権利を持っていないので自分の作品を他人がどう利用するかの許可を出せないということがある。

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過去の同人誌をカードで頒布してみてはどうか

知っての通り僕は今年から、本にダウンロードコードをつけるようになったが、過去の同人誌をカード頒布するのはどうだろうかと考えている

何故カード頒布するのか

カード頒布してみたらどうか、という提案の最大の理由は、「ストアのDL販売の委託を留保するため」である。

もちろん増刷をかけてしまってもいいわけだが、個人で増刷をかけるのははっきりとリスクが大きい。欲しいと思ってくれる人がいるのはありがたいことだが、在庫を持つのは個人サークルにはリスクだけ大きくて、メリットは正直ほとんどないのだ。

ならばそもそもDL販売してしまえば話は簡単だが、DL販売には問題がいくつかある。それは「果たして同人、とりわけ二次創作の製作物をダウンロード販売で自由に行ってしまってもよいのだろうか」という問題だ。同人活動でライセンスなどがお目こぼしされているのは、あくまで限定的な場での行いだからだという前提がある。ところが今はそれがほとんどタテマエになっており、実際は書店委託やDL販売が全国で行われて居る。ストアが商業とは分離されているからだという考えも成立はするが、DL販売までくるともはやそのタテマエはかなり苦しいのではないだろうか。書店委託自体も疑問を持つ声は少なくなかろうし、これは人によって意見が分かれると思う。

そこで「同人即売会」という明らかに限定された場において、売り切れた既刊を頒布する最大の方法は、DLコードとして頒布することだろうと思われる。

具体的なプラン

知られたところでconcaというサービスがあり大変便利でよろしいことだが明らかに高い。具体的なレビューは芦山さんがされているが、データベースや感想を送るフォームもあるのはいいっちゃいいのだが、100枚あたりで15000円もするのである。

そら、確かに実際の本よりは安い。だが実際にはたかだかカードだけを使うのに15600円は高すぎると思う。

それにカードとして過去の本を管理する最大のメリットは、負担にならないということである。一種あたり15600円を過去の本全てで用意するのは、とてもじゃないが負担がないとは言いがたい。データ置き場や認証についてはhtaccessを使えばいいだけなのだと思えば、別に特に専用のシステムなどなくとも、このサイトのようにホスティングサービスつかえばいいだけじゃないだろうか。

ちなみにロリポップの場合月500円で120GB。15000円あれば約2年半分にも及ぶ。4冊だせば10年分だ!こらまぁ普通にホスティングサービスつかったほうが経済的だろう。ブログもできるし。

普通のトレーディングカードとして

ならもう、自前でアップロードサイト用意してしまえばよい。で、そのアドレスとパスをQRコード化して普通のカードに印刷したらいいんじゃないか。

ちなみに普通のクレジットカードは54*85.6mmという大きさだ。

これをトレーディングカードとして印刷すると、100枚あたり700から1500円程度らしい。なんとconcaの1/10以下である。既刊が20冊で100枚ずつでも13000円程度になるらしい。強い。

まぁ名刺でもいいだろうし、カードでもいいだろうし、このあたり試しにつくってみようと思ってる。

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今更ながらのTwitterとブログの違い

Twitterはマイクロブログというのが建前上の看板になっているが、現実にはみんなSNSだと思っていると思う。

で、TwitterやSNSとブログの違いというものはなんなのかといえば、簡単に言えばアーカイブ性だと思う。なぜSNSが急に勝ち組になったのかといえば、おそらくネットの黎明期から円熟期にかけて、検索で普通の人が欲しいと思える情報の9割9分はすでに出そろってしまったことによると思う。そうなるとわざわざ積極的に自分から検索して探す必要性というのはだいぶ減ってしまうというか、そんなに時間をかける必要はない。だから「受け身でも」情報が受け取れるSNSが台頭したんだと思うけれどどうでしょうか?

そんなわけでブログや個人webサイトというのは需要が大分昔から減ってきているのは事実だけれど、とはいえアーカイブというのは僕は大事だと思うのだ。どこかの誰かは未だに探している情報を、僕なんかでも持っている可能性はある。そう思うので在ればなるべくブログなどで残していった方が良い気がする。何かの記事を書くというのは、すこしでも世界の利便性に貢献することだと思ってる。とくに、個人の描いた記事というのはインターネットでは(通信量や接続量を払えば)基本的には無料なのだから、見る機会はそれなりに多い筈だと思う。

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『東方文果真報』の感想というか雑談

とりあえず射命丸文というキャラについて確認しておきたいんだけど、文というキャラは「東方の書籍は真実を語るとは限らない」というコンセプトから生まれている…というのはちょっと言い過ぎでゲームと書籍でいえば実際はゲームの方が先にきているみたいだが、少なくとも当初からウソをつくキャラというアイディアから始まっている1)外來韋編参 7-11.。文はダブルスポイラーで、あからさまに捏造をよしとする思想を見せる。それは「東方の書籍は真実を語るとは限らない」という思想が大元にあるからで、ある意味その後の妖怪の価値感全般にも関わるものになっている。

で、東方文果真報は文の雑誌という形式をとっているが、”Alternative facts in Eastern Utopia”というサブタイトルでも分かるとおり、この本はトランプの大統領就任の顛末の時代性を露骨に反映している(それと文春砲)。移民がどうこうネタ自体もある意味では東方にとってもタイムリーなネタではあるけれど、冷静にかんがえれば幻想郷への移民なんて今までも幾らでもあったし。

今回の本は、「真実を語るとは限らない」という東方書籍の基本性質を、時代性と、都市伝説騒動という二つの流れを反映するように作られていると思う。

今回の本のキモはいろいろあるんだろうけど、「時事ネタがやたらに多い」ことであり、そしてその意味するところは「リアルタイムに幻想郷に外の文化が入ってきて、ラグがなくなっている」ということじゃないかと思う。とくに香霖堂にスマホやタブレット、VRゴーグルなど最新の機種が入ってきていることが強調されることが大きい。

また、この本では文によってウソが多いことが自己申告されてるというのも珍しいわけだが、取り上げられた中に、実際にウソをついているキャラがどうにもいるような印象を受ける。とくに正邪の記事、正邪が本物の打ち出の小槌を手に入れたという話は十中八九ウソだろう。それが都市伝説を呼び込む可能性がある。作中作としてアガサクリスQの「MはMで死ぬ」というネタ小説が書かれているが、この意義はおそらく、フィクション内でウソをつくキャラがいるという多重のウソ構造を示唆してるんじゃないかなと。

もっと言うと、何故ここまで「ウソ」というものがクローズアップされるのかといえば、幻想郷で今ウソをつくことは都市伝説として自己実現の畏れがあるからだ。都市伝説騒動は未だに終結していないことは、PS4深秘録のうどんげシナリオでも再三語られているし、このことはヘカーティアも警告していることである。捏造記事はサグメの能力で自己実現されてしまう危険性があるいうわけだ。しかし実のところ、ヘカーティア自身がウソをついている可能性もある。永琳はPS4シナリオのエピローグで「月の民は関係ない」と態度を明らかにしている。永琳の言うことが正しくて、ヘカーティアがウソをついているという根拠もないわけだが、その逆もないとはいえない。月の民がウソによって何かをしようとしている…という都市伝説騒動自体もウソかもしれないわけだ。

なのでこの本は多重にウソをついている可能性を考慮したほうがいいだろう。

その他ぼんやり思ったことを箇条書き

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References   [ + ]

1. 外來韋編参 7-11.
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プリズムリバー姉妹、とくにリリカについて

プリズムリバー三姉妹が、レイラ・プリズムリバーという女の子のマジックアイテムから生み出されたポルターガイストであることは知られていると思うけれど、花映塚で明らかになった話などは10年以上たったいまなお、案外深くは認識されていないように感じる。なので簡単に自分の推測を交えて説明してみよう。

レイラ・プリズムリバーについて

レイラのイメージ
レイラ・プリズムリバーのビジュアルは公開されていないが、一般に二次創作では緑色の髪で、紫の服をきたキャラクターとして描かれている(左図)。

だが個人的な推測からになって申し訳ないが、レイラにはイメージカラーはあるはずであり、この「緑と紫」のイメージは違うのではないかと感じている(緑と紫は、おそらくプリズムリバー三姉妹と差別化するのに丁度いい色だったからではないかという意見などは見られる)。

なぜイメージカラーがあるべきかというと、プリズムリバー三姉妹は明らかに「光」の象徴として描かれていることが、名前や服装からわかるからだ。

「プリズム」とは光を分光するガラスの角柱である。白い光というのは複数の波長の光が含まれており、波長によって光の屈折率がかわるので、たとえば三角形のガラスを通すと虹のように七色の光がみることができる。プリズムリバーの「プリズム」はおそらくこの現象をさしていると思う。

そう思う根拠は彼女たちの帽子の飾りにあって、それぞれ赤・青・緑の飾りが先端についている。この「赤・青・緑」というのがミソで、おそらくディスプレイなどに使われているRGB(Red,Green,Blue)であると思われる。赤と青と緑の光をそれぞれ重ねると、重なった部分は白色に光ることになる。つまり、彼女たちは「分光されて生まれた存在」であるという示唆だと考えられる。

ということはプリズムリバー三姉妹というのは、レイラという白い光からプリズムを通して生み出された三色の光の分身だと考えられるのだ。たぶんレイラという名前は光(ray)から来てるんじゃないだろうか。

なので、レイラは白イメージであるべきだと思う、って話。

プリズムリバー三姉妹が生まれた経緯

多くの人には既知の話とは思うがおさらいしておこう。出典は妖々夢のキャラクター紹介と、ZUNのメールでの回答による。

貿易商のプリズムリバー伯爵には四人の娘がいた。その末っ子の四女がレイラ・プリズムリバーである。

プリズムリバー伯爵はとあるマジックアイテムを手に入れ、プリズムリバー家は崩壊する。その結果娘達はそれぞれ別の家に引き取られることになるが、レイラだけは元の屋敷を離れられず一人残ることになった。だがレイラは自分の力とマジックアイテムによって、姉たちの姿を模したポルターガイスト(騒霊)を生み出した。

最初は喋ることもできなかった騒霊達だが、レイラと少しずつ会話も出来るようになり一緒に生活するようになった。やがてレイラは天寿を全うしいなくなってしまったが、それでも生み出されたポルターガイストの三姉妹は年をとることもなくその屋敷で騒々しく演奏しつづけた。

「とある理由」で冥界と行き来している間に幽霊たちにも三人は知られるようになり、幻想郷のチンドン屋として楽しく演奏する三姉妹になりましたとさ

なぜリリカが花映塚での代表キャラだったのか

花映塚にプリズムリバーのシナリオが存在するが、そのプレイヤブルキャラはリリカである。世間的にはルナサが有名であり代表キャラと思われているが、なぜリリカなのだろうか?それはたまたまではなく、明確な理由が存在すると思う。

映姫はリリカに対して

このままでは、貴方達は暴走するか、
消えてしまうかのどちらかでしょう。

拠り所のない霊は非常に不安定です。
貴方達は楽器を拠り所にしているようで
実は違う。
貴方達の拠り所は貴方達を生んだ人間。
そして、その人間はもう居ない。
消えたくなければ、
まずは、自分の存在理由を考え直すのです!

と語りかけている。
しかしリリカは(それぞれ別の場面だが、映姫の言葉に対して)

何を言ってるのかしら。
姉さん、こんな奴の事聞く必要もないよ。

それに、なんで説教されたのかも判らないしー

と、はぐらかそうとしてるのでもなく、映姫の言葉の意味が純粋に分かっていない様子をみせる。

またZUNのメールによると

――って、そもそも最初は何で冥界へ行ったんだっけー?(リリカ談)

と、自分が冥界で演奏をしている理由もわかっていないような台詞が語られる。もちろんこれは「幽々子によく呼ばれていたことを忘れていただけじゃないのか」という、単にリリカのおとぼけぶりを描いてるだけに見えなくもない。だがそうではなく、リリカは「自分が生まれた経緯を忘れてしまっている」のではないだろうか?

これに対してルナサやメルランたちは少し違う。映姫には「後ろの二人(ルナサ・メルランのこと)は攻撃に迷いがあるようですね。ならば、少しは可能性があるという物です。」と語りかけたり、

ルナサ:あの人を怒らせない方が良いわ。あの眼は全てを知っている眼
メルラン:そうそう。嘘付いてもすぐにバレる眼だったわね。

と、映姫が正しいことを把握して迷っている様子が窺える。

以上のことから言えるのは、おそらく「自分たちはレイラに作り出され、レイラのために演奏をするようになったが、自分たちを生み出したレイラはもう遠く昔に死んでいる」ことをルナサとメルランだけは知っているのではないだろうか。しかしリリカはそれが何のことだかわかっていない。

そもそもリリカの能力は極めて特殊である。ルナサとメルランは感情に影響を与える音を出すのに対して、リリカは「残りの想いを音にする」という。その音とは外の世界で死んでしまった音のことであると文花帖では語られている。この「いなくなってしまった音」とはまさにプリズムリバー三姉妹の生まれたモチーフそのままであり、リリカが他二人にたいしてかなり特殊な能力を持っているのが窺える。

リリカ自身は、自分たちの存在が何者かに生み出されたことを自覚している風もある。文花帖には

騒がしさは生き物の音。(略)その騒がしさだけが独立するとポルターガイストになるのよ。
(略)その生き物とは、私たちを生んだ音楽の霊、曲霊の事ね。

と答えているので、自分たちのようなポルターガイストは何者かの生き物かによって生み出されたことに気づいている。だがリリカは同時に、何故音が出るのかわからないという受け答えを頻繁にする。

リリカがレイラを忘れてしまった理由

なのでここから先はもう完全に推測になるのだが、リリカにとっては唯一の妹だったレイラの死を、彼女は受け入れられなかったのではないだろうか。ルナサやメルランにとってレイラも大事な妹かもしれないが、リリカもまた大事な妹であった。ショックを受けるリリカを守るためにも、この二人はレイラの死を辛くとも受け入れられた。しかしリリカには妹の喪失が耐えられず記憶を失ってしまった。

「とある理由」で冥界に足繁く通うようになったのも、冥界にいつかくるであろうレイラの霊を待ち続けたかったからではないだろうか。

そのことをリリカは全く覚えていないのだろう。自分の能力が霊たちに与える影響なども分かっていない。だから映姫はリリカに対してだけは暴走や、自分の拠り所が見えていないことから消えてしまうことを警告したのかもしれない。

そうであれば花映塚で、ルナサとメルランが声をかけずにずっとリリカを見守りつづけたり、メルランが映姫にたてついているのかもわかりやすい。二人はリリカが霊の音を探すなかで、自分たちがレイラによって生み出された存在であることを思いだして、受け入れてくれることを静かに見守りたかったのかもしれない。そこに映姫が現れたから、とくに唯一の妹といえるメルランは妹のリリカをかばいたかったのかもしれない。

この辺りはもちろん推測の幅が大きいけれど、原作の記述だけでも読みとることは無理ではない程度な気がしている。

花映塚のエンディングによると、騒霊が存在する理由は物にも霊が宿るという事を、鈍感な人間にも教えることだという。もしかしたら「物に霊が宿っていること」を教えたい相手は、いつか冥界で三人の演奏をきいてくれてたであろうレイラに対してだったのかもしれないわけだ。

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二軒目VRの一部書き起こし

明日締め切りなのになにやってんだかだけど、新作や来年の展開についての部分の書き起こし。とくに断りのない()以外の文章がZUNの発言

今思うとあのー、まぁなんかみんな純粋でさ。そうだけど純粋なんだよ。
純粋な人をなんか騙してる感じがあって嫌なんだよ。
それがほんと今年の、まさに2016年のイメージ。
あのやっぱり作りながら、ここはもうあれです、来年から心入れ替えてすげーものつくる
(おおー)
あれー、憑依華もそうだし、来年があのーようやくその、出てくるだろうと思う。
ちょっと…あのー何だろうな。純粋な人間たちを騙してきたって感じが
(東方新作かな?)
おーおー…いいねーその…あのーいいね…
(ZUNさーんこっちにも力いれてー(←音声だけだから不明だけどたぶん書籍?))
あーそっちにも力いれるかもねー
でもまぁ、なんかでも来年から結構かわってくるかもしんないな
ただそれがみんなが良いことかどうかは、わかんない。これだけはちょっとね。
僕はねやっぱね人生ずっと変えようとはしてる
人生を変えながら、東方は変わらないことやろうとしてるんだ
どうしても世の中変わるんだから変えざるえないとかいったんだ
だからそういうことで、申し訳ないけど、今年こういうPlay同人盛りあがったことを、来年はさらに盛り上げますとかそういうことは言えないの。そういう考え方をもってない。
これはもうウソ偽りない…酔っ払ってるから嘘偽りないですよ。
(Play同人を維持するっていう活動ではないことは確か)
当然そこはそこで面白いことやるだろうし、協力もするでしょうけど、そこにスタートラインを求めない。
まぁもう自分が面白い世界をやるためにやってることだから。
ずっとそれは変わらない。
今回ラジオやったのもその中身の一つだからね、自分を変えようと思ってね。

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城嶺神社の寄付について白馬村役場の方に確認いただいた

前の記事で城嶺神社の寄付の件について紹介したが、白馬村村役場の方にも確認をさせていただいていた。このポストはそれについて。

寄付については以下の記事が出て怪しむ声が強くなっているようだ。

霊感商法? 東方Projectの聖地をPRする「城嶺神社」の周囲に見える謎の影

記事においてはweb上で寄付を呼びかけるサイトやツイッター管理者の素性がだいぶ怪しいことを指摘している。このことも確認は確かに必要だろうし、とくに東方グッズになりうるものを有料配布するというのは権利的な問題が否定できない(一応ZUNに直接連絡をおくってはいるらしいから、問題があれば一応対処はされると思うが)。たださしあたっての一番の問題は、寄付が本当に問題ないものかということだろう。

前の記事で紹介したように、口座そのものは氏子総代さんが認めるものであり、Twitterやサイトの運営者という第三者のためのものではないことが確認されている。この件は新聞にもとりあげられている。

また今回、白馬村の村役場の方にも確認願えるかメールにて連絡をいれたところ、以上の返事をいただいた。転載も許可していただいたので一部氏名を伏せて紹介させていただく。

先日は白馬村神城堀之内にあります城嶺神社につきましての問い合わせをありがとうございました。大変、返信が遅くなりすみません。一昨日、白馬村の区長会がありまして確認しました。

一昨年11月の神城断層地震により城嶺神社はほぼ全壊しました。現在、地元の堀之内地区では氏子を中心に再建を模索している状況です。城嶺神社は村指定等の文化財ではありませんが、貴重な土器などが多く見つかるところであり、地元地区の方々が守り続けています。村の文化財審議委員会でもその保存や再建につきましてアドバイスをしています。

神城地域その他の神社も多大な被害を受けそれぞれの地区で再建をしています。城嶺神社の募金も地元神社の氏子惣代や区民が支援をお願いしているところですので、正式なものだそうです。復興に少しでもご支援していただければありがたいと思います。
何かご不明な点がありましたら、Twitter等にある問い合わせ宛に伺ってください。

この区長会は堀の内地区の区長さんから確認されたものとのご回答も頂いている。

というわけで、少なくとも現地の方々の承知された募金先であることはほぼ相違ないと思われる。

繰り返しになるけれど、そもそも東方とは関係ないだろうという指摘は間違ってないと思うし、あくまで「そういう人もいる」程度の関わりでしかない。その上でも支援したいという人たちもいれば、あくまで任意にすぎないが少額ずつでも募金というのはあってもいいんじゃないかとは思う。自分もまーったく関係の無い他者だが、少なくともお金の関わることに紹介という形で関わってる以上は、それなりにこの件についてはマジメに追いかけていこうとはおもってる。

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東方憑依華について予想

新作東方憑依華の開発が発表された。この件について今作までの流れを振り返りながらぐだぐだ予想でもしようと思う。(PS4版は踏み台云々の是非についてはこちらにかいたとおり、あんまよくはないし怒る人がいるのも仕方ないというくらいの態度)

シナリオ上の予測

今作の流れには既に幾つかの伏線が敷かれているので振り返ろう

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PS4版深秘録リリースの是非について

憑依華の予想記事の前置きにかいてたんだけど、こういう話は別にしたほうがいいかと思ったので別記事として。

「PS4をほぼこれのために購入」し、「発売日に手に入らなかったからDL版もパッケージと別に」買い、「128回オプションボタンンつかわず初日に全シナリオプレー」した人間だが、別にそれを踏み台扱いされて許せない!みたいな感情は全く無い。もともと東方のオマケ要素なんてそんなもんだろうと思ってたから、ま、こんなもんだろ以上の憾みはない。自分は所詮、クソ盲目信者だと思う。

ただそうは言っても、これはいわゆる完全版商法であるのは間違いない。シナリオが予想以上に「振り返りと次回予告」でしかないのも肩すかしだったのはその通り。(EXTRAのゲーム自体は面白かったと思う)

これに怒ってる人達がいるのを「アンチの戯言」とは僕は思わないし、本来ならなんらかの形でPS4版とPC版が同基準でプレーできる状態にするべきだった。深秘録の現行のプレイヤー数自体、とても多いというほどじゃなし。

ただ一方で、どこまで言ってもこれは同人ゲームではある。いくら人気版権で売れるのが間違いないゲームとはいえ、企業の規模のサポートを望むのは難しいんじゃないかと思うし、アップデートも全くしていないということはないんじゃないか(神子の圧倒的不利さとかいろいろ言いたいことはあるけど)。

同人でランクマッチのサーバーまで独自に用意してることなども、ふつーに考えて「同人の規模」で考えたら相当がんばってるんじゃないかと思うけれど、どうでしょう。

もちろんだから完全版商法してもいいという理屈じゃないが、僕としては「許しがたい」といった感情にまではない。今後はこういうことはもう少し考えてやってほしいなぁとは思う。同人といっても、やぱりファンの数はケタ違いのジャンルであり、その規模だけなら商業と条件は変わらないどころか、へたな商業を越えてるわけだ。「同人なんだから一切きにしなくてもいい」という話ではないだろう。ただ、ファンの側もあんまりにも完全なものを求めるのは相手が違うんじゃないかなという感情もあるかな、くらい。