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    <title>長谷部悠作ブログ</title>
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    <updated>2010-08-25T08:15:56Z</updated>
    
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    <title>フィクションが生まれる場所は</title>
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    <published>2010-08-25T00:31:14Z</published>
    <updated>2010-08-25T08:15:56Z</updated>

    <summary>個人的な感情というものが鬱屈として溜まりに溜まって、そういうものをどこかしら人目...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        個人的な感情というものが鬱屈として溜まりに溜まって、そういうものをどこかしら人目のつく場所に鎮座させたいというような欲は誰しもが持ってる。けれど、これがまた大変醜いものなので、なるべくならみんな表に出さないようにしている。ネットの場合、それをはき出す場として考えている人も結構な数いて、そういう愚にもつかない言葉があちらこちらで（というほどでもないかもしれないが）見られる。

さて、こういう営みは何が拙いのかといえば、別にそういう鬱屈とした感情を持つのが悪いというんでなくて、その表現の仕方にあるのではないかとたまに思う。多くのそういう感情の吐露は、極端な道徳命題に走りがちで、「○○すべきではない」「○○すべきだ」という一般化がなされる。...が、それがまずいんじゃないかという気もしている。一般化されたそういう命題は、たいていものすごーくチープで当たり前のことをもっともらしく言っているだけか、穴まみれのあきらかに一場面でしか通用しないような露骨に誤った命題にしか向かわない。

じゃぁ、どうやってその鬱屈とした感情を他人にも理解してもらうかというと難しい。難しいが、まず帰納して一般原則にしたてなおすというのはどうしてもまずい。そう考えると逆の方向しかないわけで、個別化を徹底するしかない。同じ構造体なのに、別物として理解してもらえるのは表現としての力そのものなので、ある気性の激しい人格が表現者とか呼ばれたりする。

要は一般と個があるのだとしたら、フィクションや表現はその多くが個にあるわけで、なんらかの大きなテーマを表すためのものでは、ない。そこにしかないもの、そこにだけあるものがあるから表現はなされて消費されていくのであって、大きな何かに触れるためのものではない。そういう意味でも表現やフィクションは個のためになされなければいけないし、それは何か政治的な判断を表せない半端なものであってもいい（もちろん消費者がそこからなにか重要な啓示を勝手に受け取る分には、勝手にやればいいのだけれど。）
        
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    <title>案外ネームなんて描けるもんだな</title>
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    <published>2010-08-13T14:45:46Z</published>
    <updated>2010-08-13T14:47:50Z</updated>

    <summary>なんて不遜なことをおもいながら現状、チルノの裏合同誌向けのネームを描いています。...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        なんて不遜なことをおもいながら現状、チルノの裏合同誌向けのネームを描いています。なるだけレイヤーは保存して、あとあとメイキングとして公開しようかと思っています。ツイッターやらで「今ネームかいてるんだー」的なことをいうのは個人的にはなんとなく差し控えたいけれど、ブログではがんがんやりたい。やっぱり、そこはそこなのだ。
        
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    <title>Twitterのフォロー数を増やしておもったこと</title>
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    <published>2010-08-06T02:22:03Z</published>
    <updated>2010-08-06T02:23:48Z</updated>

    <summary>増やしたといってもたかだか７０程度の数なのだが、それでもツイートする気がなくなる...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        増やしたといってもたかだか７０程度の数なのだが、それでもツイートする気がなくなる。

そしてこれはとても良いことで、ツイッターに対して過剰な熱を持たなくなる。
        
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    <title>最近思ったこと</title>
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    <published>2010-08-04T18:29:49Z</published>
    <updated>2010-08-04T18:31:47Z</updated>

    <summary> 落書きをもっとアップしたいな。ここに。 電子書籍について思うところをかけばいい...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        - 落書きをもっとアップしたいな。ここに。
- 電子書籍について思うところをかけばいいのだが、なかなかかこうとしてない。かくことがいっぱいありすぎるように思うからか
- どうでもいいけど早く寝るべき
        
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    <title>Judee Sillという音楽</title>
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    <published>2010-08-02T07:16:31Z</published>
    <updated>2010-08-02T07:40:09Z</updated>

    <summary> 　Jim O&#8217;roukeが尊敬してやまない伝説の女性シンガーソング...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="聴音日記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/08/nash8-79.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/08/nash8-79.html','popup','width=400,height=329,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/08/nash8-thumb-350x287-79.jpg" width="350" height="287" alt="nash8.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

　Jim O'roukeが尊敬してやまない伝説の女性シンガーソングライター、なんていうこと位しかこの人についての詳細なデータは知らないのだが、写真みるかぎり美しい人だなと思う。この人のなんともはかない感じというのは、儚いと言うよりはシャブ漬けで元気がないというところが実情なのかもしれない。

現在のところJudee Sillのオリジナルアルバムといえる形態のものは３つあって、1st、2nd、3rdだが1stと2ndはセットになってて結構安く（もないが）手に入る。

<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000FS9KS0/hasebeyu-22/ref=nosim/" target="_blank"><img src="http://ecx.images-amazon.com/images/I/519MXJ8M27L._SL160_.jpg" alt="The Asylum Years" /></a><br /><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000FS9KS0/hasebeyu-22/ref=nosim/" target="_blank">The Asylum Years</a>

生前に出ているのはこの二枚だけで、3r[dとされているドリームズカムトゥルー](http://www.amazon.co.jp/gp/product/B0018OFH6O/ref=pd_luc_sbs_02_01)は九〇年代にはいってJim O'roukeの手によってミックスされて世に出されることになった作品だ。つまり実態はほとんどデモトラックスで、3rdアルバムの存在そのものは存在していなかったという話もあるらしい。

70年代にシャブ漬けでくたばり、高い評価を得ながらも商業的成功には結びつかなかったなどと書けば、相当に「伝説」ぽい響きなんだけど、そういうことは知らないで聴いたThe Kissは、とんでもなく美しかった。そしてアルバムはその期待を裏切らない同様に美しいものだった。なんともいえないこの品の良さは、バッハのフーガに影響を受けているらしい。

<object width="480" height="385"><param name="movie" value="http://www.youtube.com/v/0feFedDW_iQ&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1"></param><param name="allowFullScreen" value="true"></param><param name="allowscriptaccess" value="always"></param><embed src="http://www.youtube.com/v/0feFedDW_iQ&amp;hl=ja_JP&amp;fs=1" type="application/x-shockwave-flash" allowscriptaccess="always" allowfullscreen="true" width="480" height="385"></embed></object>


たまに無性に聴きたくなる。]]>
        
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    <title>追記　ツイッターを退会した理由</title>
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    <published>2010-08-01T14:38:03Z</published>
    <updated>2010-08-01T14:45:16Z</updated>

    <summary>前のポストをみると、自分でもどうにも「ツイッターは悪しきもの」としか読めないわけ...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        前のポストをみると、自分でもどうにも「ツイッターは悪しきもの」としか読めないわけだけれど、別にそんなつもりはない。機能的には上位互換なサービスはあるとはいえ、やっぱりこの手のはユーザー数が決め手だろうし。むしろ自分の方が悪いわけだけれども、ある種の面ではブログの方が理にかなっていると思うことがある。

いやもちろん、わざわざツイッターvsブログなんて構図に持って行く必要さえないんだけれど、周囲を見る限りには、ツイッターを始めてからブログの更新頻度が減っている人というのは現にいる気はしている。これは少し、残念なことかもしれないし、本人にとっても実のところ、あんまりよくないかもしれないとは思っている。ツイッターは最初の10ツイート程度しかみられることのない、まさに公開ちらしの裏なので、ログの利便性はほとんどない（それを言えば、大半のブログも近いものはあるのだが。）

何を言いたいのかと言えば、ブログの方が「みられないかもしれない」という危機感に対して、冷静に担保できうるということだ。ツイッターは最初の10分で総てが決まる。それはそれで良いかもしれないが、そこに何かを賭けるのはよいことではないかもしれない。

ブログだってRSSがあるのだから、これは利用してしかるべきなのだろう。

それと、早速サブアカウントでは活動しはじめた。といってもほとんどROM用途と連絡用途なので、ポストはあまりするつもりはない。といいつつどうなるか、わかったものじゃないわけだけど。
        
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    <title>Twitterを退会した</title>
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    <published>2010-07-31T16:08:14Z</published>
    <updated>2010-07-31T16:55:47Z</updated>

    <summary>ツイッターのシステムが悪いというんじゃなくて、というかむしろツイッターは情報を増...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        ツイッターのシステムが悪いというんじゃなくて、というかむしろツイッターは情報を増やすという意味では良いものだとさえ思うわけだけれど、それとは無関係なレベルで腹が立つことが多かったので退会することにした。ある意味せいせいするわけだけれど、機能的なものはどうする？ということでサブアカウントは残している（たとえばEvernoteなやRMTなどとの同期機能は単純に便利なのだ、まぁでもそれは直接入力すればいいだけのようにも思うが）

で、具体的に何が腹立たしかったのか？　ちょっとよく考えてみよう。その大半は個人的わがままなので、いちいち主張すると100%自分が悪いという話になるので困ってしまう。なんとか「自分は悪くないノダ」という方向に話をでっちあげたい。そういうわけで以下はでっちあげた話であり、僕の本心ではないはずだ。そうに決まっている。そう信じよう。信じることが大事だ。

で、ツイッターで最もわからないのはその距離感で、よく「ゆるいつながり」と言われる。が、ではそのゆるいつながりって何だ、となるとよくわからない。一番言われるのは、フォロワーが大量にいる人をベースにした考え方で、「自分のフォロワーが自分のツイートを確実にリアルタイムに（あるいは後であっても）みてくれているかわからない」ということだ。このことからいえるのは、ツイートが伝わらない可能性があるからこそ、言葉に責任を持たなくて済むということだ。少なくともそのはずなのだ。

そのため、一般的なSNSにありがちな、相互の承認を必要とする「つながり」のシステムは存在していない。フォローしあっていればお互い特別な関係になったように見えるかもしれないが、そんなことはなく、形式上は「たまたまフォローしあっている」という状態に過ぎない。フォローはそのため常に片思いであって、片思いをいつしようがしまいが、それは本人の自由だ。両思いの人間が浮気するのはマズイだろうが、片思いをいつやめようがそれは自由なのだ。

さてさて、じゃぁツイッターでは責任を持たない完全な流動的なコミュニケーションが編まれているのか？といえば、全くそうではない。ツイッターが潜在的に抱え込む限界の問題なのか、利用者側の問題なのかわからないが、フォローをするかリムーブするかには妙に「気を遣わねばならない」とされる風潮がある。「リムーブは失礼な行為なのだ」という変な意識があるらしい。ツイッターのフォロー制度はリンクと同じはずだからこれはおかしいのだが、多くの場面でこういう意識を目にする。だいたい、そういうゆるい関係という割には、口には気をつけなければいけない場面が相当多い。これも相当面倒くさい。

じゃぁ、もういいじゃんというわけである。

なんでそういうことになるのかといえば、ツイッターが　整理できない/する必要がない　というモデルで作られているからからということになる。整理出来ないということは、こちらがそれらの情報を読みこぼしても、システム上そうならざるえないから相手に失礼ではないということだ。じゃぁ、他人は無視していいということだろうか？

ツイッターはそういうモデルだということだ。

文脈も糞もないし、どうしてもみてもらいたいなら同じことを何度もツイートするという無様なまねをしなければいけないわけで、「情報」や「つながり」というレベルからみれば、むしろツイッターで情報をおとして満足してしまうと、その他への形式的な保存ができなくなってくる。自然、情報（ここでいう情報は何も有意義なそれではなく、人間関係とか特定グループの動向とかそういう全般を含んでいる）を把握することを中心に考える人と、そうでもない人というのがでてきたりするわけで、これはいろいろと大変なのである。

だったら、もういいや、というのが僕の考えたところだ。

今後はブログを書く頻度を増やしていこうと思う。誰かが読むとも思えないが、それでもツイッターよりはマシな気はしている。ただ、ツイッターは異なった形での運用は考えている。しかしその際には、何ら義理のない人たち向けに（つまり情報価値を共有する必要のない人たち向けに）使える場合に限るわけだが。
        
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    <title>Pixivの小説新機能を徹底擁護する</title>
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    <published>2010-07-29T16:11:38Z</published>
    <updated>2010-07-30T01:32:44Z</updated>

    <summary>　 2010年7月29日に、Pixivが小説投稿機能を搭載した。そのことに主にT...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
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        <category term="論考" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
        <category term="雑記" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        　 2010年7月29日に、[Pixiv](http://www.pixiv.net/)が小説投稿機能を搭載した。そのことに主にTwitter上で激しい非難が起こった。中には「Pixivは利用者のことなんか考えてない」「管理がずさん」とまで糾弾する連中までいる。はっきりいえば、僕はこのことに強い憤りを感じる。もちろん、以降に説明するが、問題が全くないとはいわない。だが批判の大半は、ただ単に妄想と強い思い込みによるものだ。音楽や映像機能とは全く意味が違うのだということをここで強く主張したい。
        #小説投稿機能は必要か？
小説投稿機能をPixivが搭載する必要があるか？といえば、Pixivにとってはそれほどのメリットではないんじゃないかと思う（そしてデメリットでもない）。しかし小説にとっては、確実にある。

Pixivにさしたるメリットがない理由は簡単で、素人の小説なんて、今時読んでる人はいないからだ。絵を見るという人は、Webでその趣味を謳歌する人は多い。音楽も、日本ではニコニコのアマチュア音楽で十分という人は相当数居るようだし、My SpaceやMuzieなど、有名な創作発表の場はある。しかし小説は長く根付いていない。このことはあとで詳述する。

小説にとっては重要だという理由は、先述したとおり基本的に読み手がいないのだから「小説SNS」というスタイルは厳しいということだ。国内で今のところおそらく一番有名どころは、[novelist.jp](http://novelist.jp/)だろうが、なにせ登録人数が1万人程度だ。それでも、ずいぶんとたいしたもので結構なことなのだが、220万人を超えているPixivユーザーの数と比べたらまるで意味が違ってくる。なにせ、今回のことで「novelist.jpがあるんだからpixivに小説機能などいらない」としてリンクはられただけで、鯖が落ちたのだ。novelist.jpがあるからpixivに要らないなんてことを言ってる人は妄想で言ってるとしかおもえないのは、それだけでわかりそうなもんだが。

ただnovelist.jpは本当によくやっていると思っている。ポルノや二次創作も含んだ多数のカテゴリ、随筆やコラムもありとする姿勢、Pixivやニコ動あたりの良いとこどりなコンテンツづくり。独創性云々やサーバーの重さはともかく、使い勝手は悪くない。前から応援していた手前、pixivとの競争を煽る形にはしたくないのだが、本当によくやってる。が、それで1万人が快挙という世界が「素人小説」なのだ。ゆえに、純粋な小説（あるいは広く文芸）だけの大規模なＳＮＳなんてのはもともとが不可能なのだ。

#小説、ＳＳ系サイトの述懐
確かに、ＳＳサイトはかなり昔からあった。読み物系はネットでも早期にウケたジャンルの表現だった。MP3で音楽を聴くのが一般的ということもなかった00年前は、ゲームのＳＳを描く人たちがそれなり以上にはいた。ショックウェーブでゲームをしていたころだ！読む人描く人がそれなりにいたし、そこからプロのゲームシナリオを書くようになった人だっている。
ただ、それだってそう広い世界じゃない。読み物サイトの多くはブログになったが、ＳＳ系はどこかに行き着いたわけでもない。唯一ネット上で小説を糞まじめに読んでたのは、女子中高生だったわけで、そしてそのケータイ小説ブームも1年でおわってしまった。いま、ケータイ小説サイトはほとんど人がいない有様になっている。
たまーに「ネット発の作家」なるものはでてくるが、結局出版社のイロモノ扱いを受けてでてきてるわけで、なんら市場に大きな影響をあたえたとはいえないのではないか。

一番問題なのは、作家志望者みたいな人たちが、お互いに批評しあう場としてしか小説投稿サイトの多くは機能しなかったことだ。ROMがほとんどいないというわけで、読むこととは直接関係ないような、どうでもいい記法（たとえば、　「眠る。」　とするか、　「眠る」　とするかというどうでもいい違いに時間をかけるのが技術と勘違いしている層のこと）についてばかり論争しあっている有様だ。Pixivやニコニコのように「見る側にとっても利益がある」ことのほうが重要なわけで、作者同士の内輪（「この前Aさんがよんでくださったので自分もAさんのを読まなくては」などという義務感だけのつながり）だけで終わるとしたら、それは大規模な力をもちえない。しかし（公称ではあれ）Pixivには220万人分の人的資源がある。50人に一人が関心を持つでも、4万4千人が読みうる潜在性がある。それって、凄いことじゃないだろうか。


#Pixivならできるであろうこと
というわけで、Pixivなら挿絵が使えるというのはもちろんおもしろいが、一番でかいのは、潜在的に220万人の読者がいるということに他ならない。これは、大きいのだ！右上の[小説]ボタンをクリックするだけで、いつでもいろんなジャンルの小説が読める。たとえ大半の人間にとっては何ら魅力がないものだったとしても、その可能性のパイの大きさは明らかに強い。そしておそらく、パイをでかくしてしまいさえすれば、SNS同士は競争よりもユーザーや需要を共有できうると思う。YouTubeが出来たからこそ、他の動画配信サービスも伸びたような効果を期待しているのだ。

結局のところ、僕が言いたいのは、「純粋な小説のＳＮＳ」が無理なら、「他サービスに依存する小説のＳＮＳ」という形態以外にどうしようもないということで、そしてこう考えればPixivがその目的に最も近いというのは反論できないんじゃないか。ニコニコやYouTubeが目的に適していないのはすぐにわかるし、Twitterなども当然ながらそういう場所ではない（やっている人はいるが）。だからPixiv側にメリットがあるかどうかという話より、小説SNSのためにという話で、十分擁護できると思っている。

#なぜPixivは叩かれるのか
Pixivが叩かれた原因は二つある

1. イラストSNSであるという看板、理念のはずなのに、無関係な分野に手をだしたこと
2. 挿絵機能によって無断転載が可能であるということ

##無関係な分野に手をだしていること
1番目の理由はある程度は納得はできる。イラストのＳＮＳであると明言しているのに反するといわれればその通りだろう。だがそれを言えば漫画だって「イラスト」ではない。
...というと怒られそうだが、確かに、どう言ったところで小説はイラストでもなければ絵でもない。ライトノベルが絵と親近性をもっているのだから、などといったところでそれは屁理屈というものだ（だったら同人音楽やらアニメやらも絵に近いからいいのかという話になる）。だから「そうだ、小説はイラストじゃない」と言わざるえない。

このことに答えうるにはイラストじゃないかどうかというより、「小説のSNSを成り立たせる他の手段はありえない」ということでしか答えられないと思っている。novelist.jpのような純粋な小説SNSが大規模な成長を続けているならいいのだが、そんなことは現実むずかしい。Pixivの一部の人間が騒動に乗じて紹介するだけで、サーバーがおちるようなところなのだ。そもそものリソースが全く違う。また、TINAMIも看板には「アニメ・漫画系」と銘打っているが、小説をカテゴリーの一つに納めている（しかし「それならコスプレやフィギュアもTINAMIに倣って入れることも容認するのか？」という話になりかねないのでつよい主張をするソースではないのだが）。それでも「TINAMIはいろいろなものに手を出し過ぎてブレたSNSだ」と考えてる人なんているだろうか？

**そもそも嫌なら見なければいいで済むレベルのものなのに、たかだが右上に「小説」というリンク項目があるということの何がそんなに嫌なのか？**ということを僕は尋ねたいのだ。デメリットよりメリットの方が上回る程度ならば、どうだっていいじゃないか？

##無断転載の危険性
確かに、運営は常に最悪の事態を想定した管理を行うべきだという考え方には反対しない。だから、転載した場合には通知するように設定することは、重要だと思うし、最初からそうしなかったのはPixivの手落ちだ。だが、それを言えば「なぜ小説に限って」そこまで危機感を煽っている人が多いのかは僕には理解できない。もっといえば、「そんなにそれってマズイか？」と思う。

転載が嫌だとはいうが、まるまる他人の絵を「自分の絵です」と主張してあげてるやつなんかいくらでもいる（そしてすぐに運営に削除されてる）し、ニコニコでは明らかに許可をとったとは思えない絵もいくらでも見かける。２ちゃんに転載された絵なんかも相当ある。これは防ぎようがないから仕方がないといえば仕方がないが、じゃぁ小説には異常な潔癖を要求する理由はなんだろう？

これは僕が「絵に関して自分の権利云々なんかどうでもいい。改造して小馬鹿にするなり、転載して批判するなり、あかの他人が自分の絵ですと主張するなり、なにやったって好きにすればいい」という考え方だからというのもあるかもしれないが、どうもそれだけじゃない。

ひどい人になると「そもそも転載してもよいですか？とお願いされて断りを入れる手間が嫌だ」などという人がいる。お願いされるのさえ嫌ならば、プロフにでも「一切の二次利用を禁じます」とでも描けばいいじゃないか。それだとカドが立つという人は、ぼくはそんな人を保護する必要性はまったくないと思う。インターネットは本来、情報を簡単に共有できることを目指した場であって、無断転載はだめであるとしても、共有のお願いは正当な権利であり保護されるべきものだ。依頼の件数が多い人もいるかもしれないが、それだって自分の絵に追従する責任の問題だろう。自分の態度にも責任を持てない人に、運営が責任を担保しなければいけない理由は全くない。

#そもそも、何がそんなに不満なのか
ぼくが一番きになるのは「分離（実質隔離）」して表示され、日常的には何の支障もない小説のサイトを置くことの、何がそんなに不満なのかということだ。それほど、Pixivの理念とやらに酔いしれたいのか何なのかしらないが、なぜ小説描きを悪者扱いしてまで批判しようとしているのかもよくわからないし、手を広げたとしてそれの何が悪いのか、誰も明らかにしない。Googleが携帯つくったり本を売ったり、Macが携帯つくったり音楽プレーヤーつくってみたり、マイクロソフトがゲームつくったりマウスつくったりしてても、Amazon（本屋）が楽器売ったり食品を売ったりしても誰も文句をいう人などいないだろうに。TINAMIのような例もあるし、ニコニコやYouTubeを動画ではなく実質音楽発表にしてる人らもたくさんいる。世間で思われてるほど、「手を広げてつぶれたネットコンテンツ」なんて存在してないのだ。問題ないじゃないか？








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    <title>けいおん練習</title>
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    <published>2010-07-28T10:15:51Z</published>
    <updated>2010-07-28T10:18:26Z</updated>

    <summary>練習しただけ ...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="絵" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        <![CDATA[練習しただけ

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/07/keion-76.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/07/keion-76.html','popup','width=1000,height=1000,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/07/keion-thumb-350x350-76.jpg" width="350" height="350" alt="keion.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>]]>
        
    </content>
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    <title>パースについての考え</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gong.gloomy.jp/blog/2010/06/paintmemo011.html" />
    <id>tag:gong.gloomy.jp,2010:/blog//1.1256</id>

    <published>2010-06-01T15:51:12Z</published>
    <updated>2010-06-03T06:52:32Z</updated>

    <summary>ひょっとしたら以前かいたかもしれないほどのほどなので、大した意味はないのかもしれ...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="お絵かきメモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        ひょっとしたら以前かいたかもしれないほどのほどなので、大した意味はないのかもしれないが「パースについて考えるとはなんぞや？」ということをここで今一度、考えたい。パースに関しては他のジャンルとちがって、自分は他人に口を出すほどの自信がない。むしろ黙っておくべきかとさえ思う。が、パースほど憶測と誤解が渦巻いているジャンルも珍しいと思っている。パースをわかったという側も、わからないという側も、何かを誤解しているのではないだろうか？
        　多くの絵描きが「絵の知識」というと思い浮かぶのは、骨格/筋肉のような人体の知識と、パースの知識、それに色彩学（あるいは色彩心理）の知識と、数学的な配置の知識であるらしい。このうち、骨格/筋肉についてはさんざん批判した。骨格や筋肉はアイディアや見方を与えてくれるものであって、描き方ではないというのが僕の大元の主張だ。要するに、骨格や筋肉といったものは基礎としての重要性はもっていないと思っている。

　しかしパースが重要ではないということは、ありえない。この点について基礎という名前で初心者に押しつけをする人々を否定はしない。パースが間違っていると断言できる絵は違和感をぬぐい去ることができないし、単純にパースがまちがってるだけの絵はそれもまた味の内とはいいがたい。パースを意識して、自分の誤りを探すという修練はどうしたって必要だろうとは思う。

　だがしかしながら、「パースの勉強」とはなんだろうか。絵について、私たちは勉強しなくてはならないという妙な焦燥感を持っていることがある。考えてみても、色と配置についてはそれぞれ定まった知識のような、記憶すべき項目がいくらかある。色/配置のお勉強に関しても個人的には不信感はぬぐいきれないが、それでもある程度以上は有意だということも自分は認める。だが、パースに関してのお勉強とは一体なにを指しているのだろうか？

　一般的には一点透視、二点透視、三点透視、それとまぁ例外的に魚眼というパースの付け方がある...とされている。それに、アイレベルや消失点（Vanish Point)というものがある。場合によってはステーションポイントだとか、望遠レンズ/広角レンズの違いや、立体パースとか、円パースとか援用される知識はあって、そして重要であるということもわかる。そういう意味では用語が比較的おおいと言えないこともない。が、それでも一点透視～三点透視なんて、その辺のなんちゃってお絵かき解説サイトでも毎度のように置いてあるレベルのもので、そんなことを知っているのが勉強の内に入るのかといえば、甚だ怪しい。ステーションポイント等の知識も、それほど公然とした事実ではないのだから、お勉強として知らねばならない知識、とは言い難い。しょせん、某漫画パース本の理詰め用の造語である。

　僕はなにも、絵を理詰めでやってはいけないと主張しているのではまったくない。むしろ、もっと絵は方法論を追求すべきだと思っている。絵の知識というものがあるとしたらそれは素晴らしいことだし、多くの絵描きは学べきだ。が、現在「絵の知識」といわれているその多くは、知識と呼ぶべきものか疑わしいものが多い。その理由は二つある。それら多くは理屈上の知識でしかないか、当たり前すぎていちいち勉強する必要性がないかの、いずれかだからだ。パースについてはその二つを満たす傾向がある。

　Pixivでパースについての解説を見てみると、大きくみると二つの傾向がある。まず第一に、どんな教科書にものってるようなことが同じようにのせられてるもの。一点透視・二点透視・三点透視を羅列するように描き方を解説してる人達は大体そういう人達だ。だから、一点透視と二点透視はどう違うのか意識されてるものは少なく感じる。逆に、異常に潔癖な作図法を追求する人がいて、どう考えてもそういうパースの引き方をしていては収集がつかないだろう、というようなことを事細かに解説している人達。もちろんそのプロセスを機械がやれば完全なものができるだろうが、人間が定規とペンでやるものとしては、ムリのあるすぎる方法が多い（ましてや、パースは直線をつなげばいいというものではない）。

　パースの知識とは、どういうものであるべきだろうか？まず第一には、それぞれの用語の意味。それから実践上の運用方法にあることは言うまでもないと思う。パース上で奥行き半分の長さをとる作図法よりも重要なのは、それをどういう場合に使うのかだ。作図法なんて、その場で試行錯誤していれば大体にすぐにわかる。知識としてしって特殊におく必要があるのは、せいぜい対角線の消失点の概念くらいだ。作図が意味するところのものがわからなければ、しかし絵としてのよさには至らない。そしてそれらは多分、相応には考える意味があるし、知識として考えるべき意味もあるが、残念ながらそういった点をちゃんと追求しているパースの本なるものは、自分はみたことがない。消失点や水平線の概念はわかってて当たり前というところから始まっている。が、よくよく考えればそんなこともないのだ。

たとえば地平線に消失点がある場合はともかく、空や地面に消失点があるというのは、どういうことなのか。どこにあるのか。そこにあるとしたら、一体空中の消失点や地面の消失点は何を基準に配置するべきなのか。残念ながら、こういった解説はほとんどみない。地平線上に消失点をおくことですでに消失点やアイレベルを理解したつもりになっているが、本当はそうじゃないのではないか？

　そういう半端で、なおかつ絵を描かない人でも知ってるであろうようなことをならべている解説しかみかけないのに、パースというものが知識として一般に語られるのには違和感がある。パースの理屈でそれほど流通した体系だったものなんてほとんどみない。西洋の遠近法なるものがあまりに威光が強すぎて、現代の無関係な、もっと実務的な絵を描いてる人にまでなんだかお偉いものという印象をあたえている気がするけれど、いうほど、科学的でもなんでもないのじゃないか。

　パースに知識というものがあるのだとして、それはなんであるだろうか。おそらく、それは実際の絵の状況と密接に関与しなければならない。だが極端な話、パースの知識とやらをさほどもってなくても、描けちゃう人はいるのではないか？これは絶えず疑われてしかるべき話で、教科書を開いてマネすれば誰でも描けるのなら苦労はない。そしてだとしたら描ける人と描けない人の違いはなんだろうか？パースや他にしても、絵の知識はそこになければならない。
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    <title>タカミン絵チャット向けのあれこれ　キャプチャ画像の日付別整理、キャンバスだけの保存</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gong.gloomy.jp/blog/2010/05/post-20.html" />
    <id>tag:gong.gloomy.jp,2010:/blog//1.1255</id>

    <published>2010-05-28T19:05:17Z</published>
    <updated>2010-05-28T21:15:50Z</updated>

    <summary>先日（というかさっき）まで絵チャの人と話していて、キャプチャ画像の取り扱いが現行...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="情報" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        先日（というかさっき）まで絵チャの人と話していて、キャプチャ画像の取り扱いが現行のキャプチャソフトでは微妙に不便だという話が出た。

それはまず第一に、タカミン絵チャットのキャンバスだけ保存するというのが出来ないと言うこと。大概のソフトはいちいち範囲指定をするか、ウインドウごとキャプチャーするかである。

第二に、ファイルが日時別に保存されないからかさばって不便だということ。なるほどこれも実際あることだ。自分は大概、100枚ほど溜まったらフォルダをつくっていれてたが、これは考えてみれば面倒で、現在までも数百枚までためこんでしまっている体たらくだった。なんとかできるにしくはないが、意外と探してみるとそこまで考えたキャプチャーソフトというのはないのだ。

以下、これらを解決する方法を詳細に記す（第二については、第一が思った以上に長くなったので後にまわす）
        <![CDATA[#タカミンのキャンバスだけキャプチャーする方法
　[タカミンキャプチャ](http://www.vector.co.jp/soft/winnt/art/se403673.html)を使えばいいという意見がありうるかもしれないけれど、どうもそれには欠点がある。まず第一に、いちいち絵茶を開いているタブを指定しなくてはいけない。面倒である。第二に、この記事を書いている現在、縦にも大きくなったタカミンのキャンバスには対応しておらず、エラーがでる。致命的である。仮にそれに対応になったとしても、第三にホットキーに対応していない。これは随分、問題である。

　しかし方法は、ある。タカミンのコマンドの「/frameOpen」をつかえばイケるはずだとさっききづいたわけです。

　ふつうに「アクティブウインドウをキャプチャーする」とこんな風になります。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu006-67.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu006-67.html','popup','width=503,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu006-thumb-350x347-67.jpg" width="350" height="347" alt="Capu006.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

　こりゃー格好のいいもんじゃない。必要な場合は適時トリミングする必要があるし、単純に余計なところで随分容量をくってる。だが/frameOpenを使うとどうなるだろうか？

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu008-70.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu008-70.html','popup','width=500,height=285,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu008-thumb-350x199-70.jpg" width="350" height="199" alt="Capu008.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

この通り随分余計な情報が減る。が、やはり無駄な情報が随分多い。まだまだへらすことが出来るはずだ。そこで、「自動的にトリミングする」機能を使う。なお、ついでなのでチャット欄をフロートさせて最大のキャンバスをキャプチャーしている。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu010-73.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu010-73.html','popup','width=500,height=268,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/Capu010-thumb-350x187-73.jpg" width="350" height="187" alt="Capu010.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

このように完全にとることが出来る。ちなみにトリミングする数値は、二番目の画像のやつをXnViewでみながらx軸y軸が下にでてるので計っていれてみた。面倒くさいっちゃ面倒くさいが、やろうとおもえば2分で済む作業なのでそんなほどでもない。ちなみに自分は数値は（上26, 右27, 下61, 左60）だが、OSやスキンによってかわっちゃうので、参考になるかは怪しい。

キャプチャソフトに使ったのは[キャプラ](http://homepage1.nifty.com/chappy/)であるが、なんで[Winshot](http://www.woodybells.com/winshot.html)じゃないんだろうと思う人が多いかも知れない。確かに、Winshotでも自動的にトリミングすることは可能だ。だが、Takaminだけしかキャプはしないわけではない。キャプラの場合はトリミングするかしないかはショートカットキーの設定ごとに設定できるが、Winshotではそれが出来ない。まさかいちいち数値入れたり消したりをするわけにもいかないだろうから、キャプラのが適してると思われた。

ちなみにキャプラにも弱点があって、ホットキーに[PrintScreen]が使えない。**しかしこんなものはAHKとか使えばなんの問題もなく解決できることだ。**Scroll Lockとかどう考えても使えない死にボタンを通常キャプチャ用などにしておけば、実に問題なく使える。

ところでキャプラの設定も一応紹介しておこう。メニューバーの[ツール]→[ホットキーの設定]→[追加]で設定をつくり、コマンド名はなんでもよくてたとえば絵茶用とかにしとく。[キャプチャ]のところは[アクティブウインドウ]に、[後処理]のところは[連続保存]に。チェックボックスは[トリミング加工]にだけチェックをいれておく。呼び出しホットキーはすきなものにすればいいが、自分はWin＋F12という絶対つかわなさそうな組み合わせにした。OKをおしてホットキーを保存したら、最後にメニューバーの[ファイル]→[保存形式、連続保存形式の設定]→[連続保存形式]のタブを選んで、格納先のところで保存場所を選んで、ファイルの種類をpngにする。OKをおせばキャプラの設定はおわりだ。AHKでPrint ScreenおしたらWin＋F12と出力するようにしてやる。これで完璧だ。一応、トリミングしない設定のホットキーもつくっておこう。[トリミング加工]にチェックを入れないやつをつくっておくだけだ。こちらはWin＋F10にして、Scroll Lockとかいうなんにも使えないキー(二度目)に割り当ててやる。


##しかし複雑だ
さて。
ここまでくどくどと説明したけれど、実に、実に迂遠である。
「初期設定が多少面倒なだけでぜんぜん簡単だよ」ともいえなくもないが、どちらにしろ/frameOpenをいちいちやらなきゃいけないわけで、面倒臭い気もする。そういう人はframeOpenのかわりにF11でやるという手もありかもしれない。微妙な、ところだが。（ちなみにそのときは自分の環境ではトリミングサイズは上134, 右393, 下614, 左86）]]>
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    <title>顔の描き方　その４</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gong.gloomy.jp/blog/2010/05/paintmemo010.html" />
    <id>tag:gong.gloomy.jp,2010:/blog//1.1254</id>

    <published>2010-05-16T03:26:46Z</published>
    <updated>2010-05-16T04:39:41Z</updated>

    <summary>いよいよ煽り俯瞰、仰向き俯きの描き分けの問題。これは顔を描く上でかなりでかい問題...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="お絵かきメモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        いよいよ煽り俯瞰、仰向き俯きの描き分けの問題。これは顔を描く上でかなりでかい問題だと思っているので、結構がんばって説明。
        <![CDATA[仰向き/俯きはとりあえず、大概どういう状況かははっきりしている。そこで、まずそもそも煽り/俯瞰とはなんだろうということを考えてみることから始めたほうがいいのではないだろうか。定義としては、**消失点より高い物体が煽りで、低い物体が俯瞰**である...といえるとは思うけれど、これでは何のことだかわからない。絵を見ながらちょっと考えてみよう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰-57.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰-57.html','popup','width=383,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰-thumb-400x417-57.jpg" width="400" height="417" alt="煽り俯瞰.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

vanish pointとかいてあるのが消失点のことで、これより高い物体は煽りであり、低い物体は俯瞰になっている。（これはかならず水平線上のことではなくて、消失点が地面の下だったり空中にあったりするので、必ずこういう図式を使えばわかりやすいわけじゃない）
いずれにしても、煽り俯瞰というのは消失点に向かってパースがかかっていることが大前提である。そして、絵としてのある顔が煽りか俯瞰かも、結局はパースによる歪み具合によって判断するのが大前提になる。次の図は、最初に煽り俯瞰の例として描いた絵に十字線を足したものだ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰軸-60.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰軸-60.html','popup','width=400,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/煽り俯瞰軸-thumb-400x500-60.jpg" width="400" height="500" alt="煽り俯瞰軸.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

で、この図の十字の角度の付き方をみるとわかるけれど角の広い広くないでわかるわけだということになる（わかってもらえなかったら悲しいので一応いうと、左が煽りで右が俯瞰のつもり）

これは目だけでも判断できる

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/目煽り俯瞰-64.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/目煽り俯瞰-64.html','popup','width=300,height=314,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/目煽り俯瞰-thumb-300x314-64.jpg" width="300" height="314" alt="目煽り俯瞰.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

というわけで、難しく考えなくても十字線を書いてみれば煽りか俯瞰かは分かるし、描き方も割と一定なのだ。

さて、こんなことは「当たり前のことだ」と思う人もおおかろうとは思うのだけれど、仰向き/俯きが入ってくるとどうにも描く時に難しいことになってくる。それを次回かく。]]>
    </content>
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    <title>顔の描き方　その３</title>
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    <id>tag:gong.gloomy.jp,2010:/blog//1.1253</id>

    <published>2010-05-16T02:11:07Z</published>
    <updated>2010-05-16T03:24:18Z</updated>

    <summary>左右の描き分けのための前準備が済んだので、次に進もう。 ...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="お絵かきメモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        左右の描き分けのための前準備が済んだので、次に進もう。
        <![CDATA[今回は角度の描き分けはどこで決まるのか？という問題である。

大半の人は輪郭から描き始めるんじゃなかろうか。目からかき始める人や、髪から描く人もいるが、そういうのはとりあえずおいておく。で、前回の絵を引用するが

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-45.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-45.html','popup','width=592,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-thumb-400x337-45.jpg" width="400" height="337" alt="facecross03.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

これで言えば、赤い線の奥の輪郭、大半の人はここから描き始める。そして、ここを描いた瞬間に、横向きの具合や、煽り具合などがほぼ決まる、と考えている。煽り具合等はあとに譲るとして、ここでは左右の向き具合が決まるというのはどういう案配か、ということを考える。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け-51.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け-51.html','popup','width=550,height=267,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け-thumb-500x242-51.jpg" width="500" height="242" alt="横描き分け.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

全部左向きが基本の顔だとして（正面も左右への傾きは浅くかかっていると思っている）奥の輪郭だけ抜き出すとどうなるだろうか？

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け２-54.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け２-54.html','popup','width=793,height=700,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/横描き分け２-thumb-550x485-54.jpg" width="550" height="485" alt="横描き分け２.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

コメカミあたりから顎までのラインを抜き出し、そこに直線をつないでみたのが上図である。で、わかるかどうか微妙なのだけど（本当に微妙な加減が向きをきめるのだ！）、青い直線の傾きそのものは、それほど大きくは違っていない。大きく違うのは、赤い線のたわむぐあい、だとわかるんじゃなかろうか。つまり、角度がつけばつくほど直線に近付いていくわけだ。（人によっては頬を出すことこの「たわみ」の加減をつける場合があるようだが、個人的には頬を出さない描き方が好きなのでこういう）

目の高さの目安は、コメカミの輪郭のもっともふくらむ部分が眉毛だと思えば、そこにあわせて目もかけると思う。低くしすぎないことが重要な気がしてる。
[ちなみに正面の描き方はその四でまとめてる。](http://gong.gloomy.jp/blog/2010/02/paintmemo004.html)]]>
    </content>
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    <title>顔の描き方　その２</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://gong.gloomy.jp/blog/2010/05/paintmemo008.html" />
    <id>tag:gong.gloomy.jp,2010:/blog//1.1252</id>

    <published>2010-05-16T00:42:10Z</published>
    <updated>2010-05-16T02:10:47Z</updated>

    <summary>横向きに関して。基本的には軸の問題と、向きによって変わる輪郭の描き方についてであ...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="お絵かきメモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://gong.gloomy.jp/blog/">
        横向きに関して。基本的には軸の問題と、向きによって変わる輪郭の描き方についてである。なお、煽り俯瞰等については後に説明を譲るので意図的に省く。
        <![CDATA[#縦軸と横軸
##顔の十字線
まずよく見るこの描き方を見てみよう。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross01-39.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross01-39.html','popup','width=500,height=457,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross01-thumb-400x365-39.jpg" width="400" height="365" alt="facecross01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

十字にあたりを入れるやり方だ。この十字はカーブさせた方がいいのか直線のほうがいいかというい議論がたまにあるが、自分はそもそもこの十字の線はあくまで絵を考える時の指標にすぎないと思ってるので、わかりやすい直線がいいと思っている（し、湖川さんの本にもそういう旨が書かれている）けれど、まぁそれはどっちでもいいかなと思う。重要なのは、縦軸と横軸があるということだ。

縦軸と横軸、という言い方が正しいのかどうかはよくわからないがそう呼ぶのだとして、これは顔の輪郭やパーツとどう対応するのだろうか？ぱっと見では目が横軸で、鼻口が縦軸だという風にみえるが、実際はそれだけじゃないのだ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross02-42.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross02-42.html','popup','width=561,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross02-thumb-400x356-42.jpg" width="400" height="356" alt="facecross02.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

何のことだかわからん、キカイダーマンのような不気味な色使いだけどもそれはともかく、ほぼ全てが縦軸と横軸に対応して描けるのではないか？というのが僕の考えだと言うことをわかってもらえればそれでいい。　感覚の話に聞こえるかもしれないが、この軸を感じながら各部位を描けば、右向きだろうと大きくずれることはないのだ、という話なのだ。

で、これだけだとなんだかわかりづらい。そこで、輪郭と顔のパーツに焦点をあてて考えてみよう。まずは輪郭だけ。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-45.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-45.html','popup','width=592,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross03-thumb-400x337-45.jpg" width="400" height="337" alt="facecross03.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

つまりここで言いたいことというのは、奥の輪郭は縦軸に合わせてかいて、手前の輪郭は横軸を感じながら描くんだよ、ということだ。もしも両方とも同じ軸を感じながら描いてしまうと、輪郭が異様に細くなったり、異様にパースがついたりする。

<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross04-48.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross04-48.html','popup','width=654,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/facecross04-thumb-400x305-48.jpg" width="400" height="305" alt="facecross04.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

パーツ単位でみれば、眉毛のライン（つまり目の横のパース）は横軸になるわけで、つまりもっといえば手前の輪郭にあわせて描く、ということだ。煽りの場合よくありがちなのが、パースをつけすぎるということだろう。つまり異様に手前の目が上にあがりすぎることがあるわけだけど、このように下の顎のラインにあわせて描くことがわかってさえいれば、大きな間違えはしないということだ。輪郭と目の配置があってれば大きく間違った顔にはならないことが多いので、これは結構重要だと思うんですが、どんなもんでしょ？]]>
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    <title>顔の描き方一般　その１</title>
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    <published>2010-05-15T21:11:33Z</published>
    <updated>2010-05-16T00:33:11Z</updated>

    <summary>大体アングル別の描き分け方が分かってきたので一般化する。大半は自分が勘違いしてた...</summary>
    <author>
        <name>長谷部悠作</name>
        
    </author>
    
        <category term="お絵かきメモ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        大体アングル別の描き分け方が分かってきたので一般化する。大半は自分が勘違いしてた点を重点して解説する。
        <![CDATA[#アングルの描き分け
まず顔の理屈を考える上で考えるべき課題はいくつかあるわけだけど、基本は「アングルの描き分け」だと思っている。で、アングルは4種類ある。それぞれのアングルについて解説すれば、基本は自然に捉えることが出来ると思っている。

##横向き
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/width01-27.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/width01-27.html','popup','width=500,height=279,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/width01-thumb-350x195-27.jpg" width="350" height="195" alt="width01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

誰でもわかる横向きの描き分け。おそらく一番、描き方に変化をもたらすアングルなのだが、縦軸と横軸を意識するというのが基本にあるので、こつが分かれば大きく間違うことはない、と思う。まず最初に解説する。

##回転
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/lotate01-30.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/lotate01-30.html','popup','width=500,height=279,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/lotate01-thumb-350x195-30.jpg" width="350" height="195" alt="lotate01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

これは単純なのでここで全部説明してしまうが、要は描いた紙（画面）をくるくるまわすだけで得られる角度のつけかたなので、描き方そのものが特別なものはない。が、仰向き/俯きなどを考えると混同がありうる。ゆえに、その項で詳しく触れると思う。

##煽り俯瞰
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/highlow01-33.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/highlow01-33.html','popup','width=500,height=279,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/highlow01-thumb-350x195-33.jpg" width="350" height="195" alt="highlow01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

##仰向き俯き
<span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><a href="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/updown01-36.html" onclick="window.open('http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/updown01-36.html','popup','width=500,height=279,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0'); return false"><img src="http://gong.gloomy.jp/blog/assets_c/2010/05/updown01-thumb-350x195-36.jpg" width="350" height="195" alt="updown01.jpg" class="mt-image-none" style="" /></a></span>

さて、重要なのはこの二つの煽り/俯瞰と、仰向き/俯きの区別である。一般に煽りなんかがの説明の場合は、大概仰向きの絵が描かれるが、**煽りは必ずしも仰向きである必要性はない。**むしろ俯瞰だが仰向きの状況なんてのも普通にあるわけだ。ただ、**この二つは基本的には描き方が同じである。**同じというと語弊があるので難しいところなのだけど、描き方が同じでも実践上は分けた方がいいというのが僕の考えだ。

そこで以降ではまず左右の描き分けから話をして、それで煽り/俯瞰と仰向き/俯きの区別について話を触れようと考えている。


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